次々に起こる「不思議な出来事」とアメリカ旅行

                                    林間聖バルナバ教会
                                    
信徒 ポール 金子 眞

 昨年12月長い間逃げていたBSAに捕まってしまい、今回の「BSA研修旅行」に参加、6/10には「BSA林間支部」発足、今年12月にはBSA全国総会を林間聖バルナバ教会で開催決定と僅か数ヶ月の間に、1年前には全く考えても見なかった不思議なことが続けて起こっています。神様のお導きという他ありません。

 今回の「BSA研修旅行」は5/31〜6/7の8日間でBSAのルーツとポール・ラッシュの生誕地を訪ねるため、シカゴ、ケンタッキー州ベリアとルイビル、ニューヨークを旅するものでしたが、寺内安彦BSA会長のご配慮(訪問先との綿密な事前連絡をはじめとしたバックアップ)があって成功したことを後で知りました。

 また、アメリカをよく知る添乗員山本栄喜氏(前山梨県知事の次男、夫人はキープ協会職員)と15人のメンバー(団長黒田哲朗BSA副会長、武藤六治主教、幹事・清里聖アンデレ教会の武藤謙一司祭、真光教会の鈴木裕二司祭・容子夫妻、幹事の後藤信哉BSA清里支部長、東京聖三一教会の本多峯子さんと妹さん井上敏子さん、銚子諸聖徒教会の夏神純子さんとお友達赤星真知子さん、市川聖マリア教会の佐藤芳子さん、日本基督教団信徒でキープ協会とも縁の深い日高啓子さんとお友達の宮嵜由美子さん、大宮聖愛教会の鈴木武次氏と金子眞)のチームワーク、好天にも恵まれ、とても楽しく思い出に残るものとなり、成田空港での初めての顔合わせの時に感じた予感通りのものでした。

 成田空港を出て一路シカゴへ、初日5/31シカゴでは先ずBSA発祥の地セント・ジェイムス主教座聖堂のセント・アンドリュウ・サイドチャペルで聖餐式を行ない、引き続いて大聖堂内を見学その規模の大きさに驚きました。その後、シカゴ美術館を見学。

 二日目6/1は午前中市内観光、昼のシカゴ教区のBSAの方々との交流では「BSA運動」の起こった社会的背景即ち1871年シカゴ大火後の荒廃についても話が出ました。
 午後には私がシカゴ・カブスのホームグラウンドでの野球観戦を急に提案しましたが予想に反して、男性は一人も参加せず女性が全員参加しびっくりしました。

 夜はACK(American Committee for KEEP;KEEPアメリカ後援会)との賑やかな交流があり、昨年10月日本で行なわれた日米合同募金委員会常任委員会でお会いしている数名の方々ともお会いする事が出来ました。

 三日目6/2はシカゴからケンタッキー州レキシントンへ飛行機で、更にバスでべリアへ移動しましたがその途中市内観光、夕食はべリアのACKメンバー6名の方々との交流会で、未だに禁酒令を守っていてアルコール類は一切販売していないと聞き心配しましたが、幹事の配慮で持ち込み、杞憂に終わりました。

 四日目6/3はレキシントンの「復活教会」の主日礼拝に出席、三位一体主日、主教巡回日にあたり水槽に首まで浸かる洗礼式と堅信式にも参加することが出来ました。礼拝式文中にも、礼拝中の主教様・司祭様からのお話にも我々一行の歓迎があり、祝会に加え歓迎会が行われ感激しました。

 そしてクライストチャーチ主教座聖堂を見学、ルイビルに足を伸ばしケーブヒル共同墓地にあるポール・ラッシュ家の墓のお参りをしました。ポールが建立した父方・母方両家のためのもので、ポール自身の墓所は清里聖アンデレ教会と八王子の墓地にあります。帰途バスからポールの生家も見学しました。

 5日目6/4、ルイビルから飛行機でシカゴ経由ニューヨークへ移動、夕食・交流会は今回の旅行で初めての和食レストランでMJM(Metropolitan Japanese Ministry;ニューヨーク近郊日本人支援会)の10数名のメンバーと交流しました。

 MJMは秋吉光雄司祭が20数年前に創始、家庭に引きこもりがちな日本人駐在員夫人を精神的に援助するために家庭集会や聖書を読む会などを始めたもので、現会長景山恭子伝道師、元キープ協会名取良三専務理事夫人の廣島都留さん等中心になっているのはポール・ラッシュの縁の方々です、また最近は日本聖公会・アメリカ聖公会と連携しながら、日本人若手聖職・信徒を2、3週間研修としてアメリカに招く資金援助を行なっています。

 六日目6/5、世界最大の大聖堂セント・ジョン・ザ・ディバインやセント・パウロ礼拝堂、グラウンド・ゼロ、メトロポリタン美術館等を皆で見学、希望者は夕方から夜にかけて「自由の女神」を真近に、またマンハッタンの夜景を見ることのできるハドソン川とイースト川のクルージングに参加。

 七日目6/6朝早くニューヨークを経ち、ロス・アンジェルス経由成田へ無事戻りました。
 ずっと同室で過ごした鈴木武次氏(私の立教中学時代の鈴木先生のご長男)と毎早朝、ジョギングして他の皆さんが見ていないところを見ることが出来ましたことも愉快なことでした。

                                      以上